※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに 予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※私の独自解釈で、交流重賞並びに地方のビッグレースも勝負服着用です ※高知は昔は本当にひどかった Part.1 ベストガイの娘 「どうだ。立派な勝負服だろう?」 「けど、気が早くない?」 グランシュヴァリエは、父親が仕立ててくれた勝負服を身に纏って少し不安そうにした。 黒い耳袋にトリコロールの髪飾り、青いジャケット、緑の腕章、赤いズボン、そして胸甲という大昔の軍服を思わせる勝負服は、偉大な騎士という意味のフランス語の名前と武人の家柄を示す物だ。 「マヤノトップガンを見ろ。あの娘の親父はトップガンだったが、俺はその上のベストガイだぞ」 グランの父親はかつて戦闘機パイロットで、やはりパイロットであるマヤノの父親と同じ航空隊に居た。 グランの父親は航空隊で最も優れたパイロットに与えられる『ベストガイ』という称号を持ち、マヤノの父親はその一つ下の『トップガン』だったというのだ。 だが、怪我をして戦闘機の操縦に耐えられない身体になり、紆余曲折を経て今はオーストラリア航路の旅客機を飛ばしている。 かつてのライバルの娘がウマ娘として大活躍しているというので、遅ればせながら同じくウマ娘を子に持った父親がグランにかける期待は並大抵ではなかった。 「それでこいつを帯びれば完成だ」 グランの父親は床の間に飾られた白鞘の軍刀を手に取り、グランに帯びさせた。 「これで俺たちのご先祖様は代々手柄を立てて来た。グラン、お前もその仲間入りだ」 「けど、大きなレースじゃないと着られないよ」 「着られる。あいつの娘に出来てお前に出来ないわけがない!」 触れば怒られる家宝を唐突に身に着ける事になったグランは、その意外な重さに驚いた。それは、鉄の塊ではなく一族の誇りが重いのだと信じた。 だが、グランの気が早いという言葉は正しい。何しろグランはまだトレセン学園の試験に合格したというだけで、勝負服を着られる保証などないからだ。 Part.2 遠すぎたGI とにかくグランはトレセン学園に入学し、美浦寮に勝負服持参で入った。 父の期待と裏腹にグランの本格化は遅かったが、デビュー戦で勝利を収めた。幸先良いのは確かだが、もう同期のトップグループはGI戦線に身を投じている。 ウマ娘の競争はここからが果てしなく遠い。2戦目はスタートで躓いて着外に落ち、4戦目でようやく2勝目。そこから長い間勝利に見放され、3勝目には11戦を要した。 重賞に出るにはもう1勝は必要だ。せっかく父が仕立ててくれた勝負服を着るにはそこから更に上積みが要る。 だが、勝ち上がるほど相手は強くなる。そうして競争に次ぐ競争を勝ち抜かなければGIの檜舞台には立てないのだ。 グランは責任を背負って必死に走った。勝つのは無理でも1回くらいはGIに出たい。いや、出なければいけないのだ。 だが、もう1勝は果てしなく遠かった。そして、ウマ娘が最も恐れる出来事がグランの身に起きた。 脚の腱が痛みを伴って腫れ始めた。ウマ娘の脚に起こるそれは屈腱炎とかエビと呼ばれる。もっとあからさまに『ウマ娘のガン』と言う人もある。治療には時間がかかり、決して完治しない。 グランはその診断を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になるのを感じた。父が戦闘機に乗れない身体になったのも、脚の腱を駄目にしたからだと聞いていた。 グランは泣いた。父を誇りにしていたというのに今はその父が恨めしい。父の夢を父の血が駄目にしようというのだ。それはあまりに残酷で、惨めだった。 屈腱炎になったウマ娘は哀れだ。余程の実績や素質があればトレーナーも治療に手を尽くしてくれるが、グランにはそうしてもらえる程の実績はない。実際のところ、素質もそれほどの物とはみなされていなかった。 グランに残された選択肢は、ローカルへ移るか引退かだ。そして、グランはローカルでレースを続ける決意をした。 ローカルなら勝負服を着られる機会もあるかもしれない。グランはその望みに賭けた。 だが、ローカルでも屈腱炎のウマ娘を引き受けてくれるトレセンは限られる。レース数をこなす事が求められるローカルでもまた屈腱炎は厄介な故障だ。 そうしてあるトレーナーがグランを引き受けてくれると聞いた時、グランは複雑な感情を抱かずにいられなかった。行先はローカルの最底辺、コウチだったからだ。 Part.3 エビが何や? 小さな空港だ。グランがコウチの空港に降り立って最初に抱いた感想はそれだけだった。父が職場とする成田空港には及びもつかない。まるで自分のレース人生を暗示しているようでグランは気が重くなった。 「おう、よう来たのう!」 グランがロビーに出てくると、禿げ頭の中年男が待ちかねたと言わんばかりに関西訛りで叫んだ。 「うん、写真やビデオより走りそうやないか。大したもんや」 男はグランの持っていたボストンバッグを取り、グランを上から下まで見て褒めた。 「あなたが、トレーナー?」 「そうや。親父もトレーナー、弟もトレーナー、倅もトレーナー、名門の御曹司やで」 グランは当惑した。屈腱炎で都落ちしたウマ娘を空港まで出迎えてくれるトレーナーが居るとは思えなかったからだ。 「さあ、リムジンとはいかんけどな、うちの社用車でお出迎えや。言うても軽トラやけどな」 トレーナーはグランの手にしていたボストンバッグを受け取り、駐車場に止めてある軽トラックまでグランを引っ張って行った。 「まあ、コウチは貧乏やけど暮らし良い所や。わしもキミイデラが潰れてタカサキへ行こうか思うたけど、タカサキは寒いやろ?それで南国土佐や」 トレーナーはトレセンまでの道中ずっと喋っていた。グランは潰れてしまったタカサキトレセンの存在は知っていたが、キミイデラとは日本のどこなのか見当もつかない。昭和の昔に潰れてしまった和歌山のトレセンだと知ったのは少し後の事だ。 URAとは比べようがない小さなトレセンに着くなり、トレーナーはグランに問題の脚を見せるよう求めた。グランは慌てて体操服に着替え、胡散臭く思いながらもトレーナーに身を預けた。 「おう。腫れとる腫れとる」 トレーナーはさして驚いた様子もなくグランの脚を触って反応を確かめ、緊張感のないコメントを残した。だが、グランは気が気ではない。 「ところで、えろう重いスーツケース持っとるけど、あれ何や?」 ところが、次の瞬間トレーナーは唐突に奇妙な質問をした。 「それは…その…勝負服です」 グランは恥ずかしさに耐えながら答えた。コウチまで後生大事に勝負服を持って来るなど、笑われると思ったからだ。 「そこらの着古しよりは仕立ての方がええわ」 だが、トレーナーは笑わなかった。 「重たいの見るに、金物が入っとるな?」 「はい。そうです」 「錆びさせんように手入れしときや。着なあかんよって」 「何ですって?」 グランはまさかと思った。ローカルシリーズでも重賞では勝負服を着る。だとしても、屈腱炎を抱えたウマ娘をいきなり重賞に出すとは思えない。 「トレーナーさん。だって、この脚ですよ?」 「このくらいやったらどうにでもなるわ。折れてなかったら走れるし、走らせるんがローカルのトレーナーの腕やないか」 トレーナーは不敵に笑った。 Part.4 お年玉 トレーナーは不思議な人だった。何人ものウマ娘を同時に見ているのはローカルでは当然の事だが、このトレーナーは誰一人として邪険にせず、まるで一人だけを相手にしているように全員を知り尽くしていた。 ライズはこのトレーナーは魔法使いなのではないかと疑った。空港に降り立った時には歩くのも億劫な痛みがあったというのに、このトレーナーの下に数か月も居ると走れるようになってしまったのだ。 「イブキライズアップみたいになるんやで」 トレーナーは事あるごとにそう言ってグランを鼓舞し、また多くの関係者が同じようにライズの名前を出してグランに大きな期待を寄せた。 聞けばURAを追われて流れ着き、18連勝をマークしてハルウララと一緒にコウチトレセンを盛り上げたウマ娘だという。 潰れかけていたコウチトレセンをどうにか潰さずに済んだのはこの二人の頑張りと、キミイデラでトレセンが潰れるという現実を目の当たりにしたトレーナーがお上に掛け合った賜物であるという。 グランは自分がそんな立派なウマ娘になれるという実感が持てなかった。そこへトレーナーがコウチでのデビューに先立っての遠征話を持ってきたのには驚かされた。 カワサキの正月を飾る重賞レース、報知オールスターカップに出ろというのだ。いきなり勝負服を着る事になるが、途方もない話だった。 南関シリーズはローカルシリーズの中では別格で、URAのウマ娘でも不覚を取る事がある程レベルが高い。 曲がりなりにもURAでの実績があるグランは制度上は南関シリーズの重賞に出られる。屈腱炎さえどうにかすれば勝負になるというのがトレーナーの言い分だった。 『さあ、7枠12番、URAからコウチへ移籍して初戦が遠征となりました。グランシュヴァリエ』 カワサキのパドックで勝負服に身を包んだグランは、念願が叶った事よりも正月早々無様を晒すかもしれないという不安が先走って表情が暗い。 「コウチのウマ娘にしちゃ立派な勝負服だな」 「トウィンクルシリーズで3勝だってよ」 「でも、エビで追い出されたんだろ?」 正月開催なので人出は多く、カワサキのファンはウマ娘を見る目が厳しい。パドックに立ったグランを値踏みする常連客の声が聞こえてくる。 グランはURAに居た時の何倍も緊張していた。勝負服を着る為にローカルに移ったとは言え、いきなり大舞台に引き出されて無様に負けるのは、一族の名誉を傷つけてしまう事に他ならない。腰の軍刀が初めて帯びた時より重く感じられた。 「グラン、あんたならやれるよ。トレーナーを信じな」 トレーナーが目付け役も兼ねて一緒に遠征させた、ファンドリコンドルというウマ娘がグランを励ます。 彼女もまたトウィンクルシリーズで2勝したものの、長い連敗の末にコウチへ移籍し、コウチで勝ちまくって遠征を重ねている。トレーナーの下にはそういうウマ娘が沢山居て、彼女達は一様にトレーナーを心の底から信頼していた。 だが、ファンの勝敗予想でグランは8番人気に過ぎない。周りのウマ娘はURAで闘った相手とさほど変わらない実力のように見えた。そして、まだグランはトレーナーを信じ切る事ができずにいる。 だが、コースに出るとグランはまさかと思った。走れるのだ。むしろ、URAに居た時より走れる気さえした。 3番手に付けてレースを引っ張るグランの姿にファンがどよめいた。URAで3勝したと言っても、屈腱炎のコウチのウマ娘だ。 驚きの光景だが、どうせ逃げ潰れるとファンは高をくくっていた。勝ち目のないウマ娘がよくやる、最初だけ飛ばして目立とうという魂胆だと。しかし、グランはそうは思わなかった。 長い2100メートルのコースをグランはペースを落とさず走り抜け、向こう正面で加速した。 誰も付いて来ない。先頭に立った。スタンドのどよめきは一層大きくなった。だが、確かにグランは先頭に居る。 コウチのウマ娘に負けるわけにはいかないと後続集団が最後の直線で追いすがる。だが、グランは引かない。必死に抵抗した。抵抗できるのだ。 最後の最後に一人のウマ娘がグランを追い抜いてどうにか地元の面目を施した。だが、同時にグランは2着に残って意地を見せた。ウイニングライブに出られる。 ウイニングライブは混迷を極めた。予想を見事当てたファンは歓声を送り、外したファンは怒る。僅かにグランを見込んだファンは大騒ぎだ。 「グラン!よくやった!お前は偉い!」 聞き覚えのある声がステージまで聞こえてきて、グランはどきりとした。 「この野郎、コウチの馬のくせに生意気だ!」 「何だと?俺の娘に向かって何だ?」 「ふざけんな糞親父!お前の娘のせいでこっちは予想を外したぞ」 「見る目が無いのを娘のせいにするな!」 喧嘩が始まって警備員がファンの群れの中に飛び込んで行く。グランは踊りながら苦笑した。グランシュヴァリエのレース人生は今日改めて始まったのだ。 元ネタ解説 Part.1 勝負服: 青いジャケットに赤いズボンはフランス軍の象徴で、胸甲は騎兵の着けるものである。 これに緑の腕章と白い軍刀を加え、グランシュヴァリエのキャリア後半の主戦騎手、永森大智の勝負服「胴赤、袖赤・左腕緑一本輪」と、赤岡修次の勝負服「白、胴青襷、袖青二本輪」をイメージした。 グランの父親: グランシュヴァリエはマヤノトップガンの同期にあたるダービー馬、タヤスツヨシ産駒である。 ベストガイ: 1991年公開の映画。航空自衛隊の全面協力を得て和製トップガンを目指したが、評価は芳しくない。 タヤスツヨシはダービーを制覇したものの、同年のオークスよりタイムが遅かったため実力を疑問視する向きがあり、菊花賞でマヤノトップガンの6着に敗れた。 ベストガイとトップガン: 映画公開当時の千歳基地の航空隊においてこの称号は本当に優秀なパイロットに授与された物である。 初代ベストガイは不具合を起こした機体を市街地に墜落させない為、脱出を諦めて海まで誘導して殉職したという。 戦闘機に乗れない身体: 菊花賞後タヤスツヨシは屈腱炎を発症し、そのまま引退した。 オーストラリア航路: 種牡馬になったタヤスツヨシは季節が逆になるオーストラリアと日本を往復して種付けをする所謂シャトル種牡馬として供用された。 Part.2 もう1勝: 条件戦を突破してオープン馬になるには3勝が必要だが、当時は条件馬は降級制度があり、グランシュヴァリエは降級した為準オープンを抜け出せなかった。 勝ち上がるほど相手が強くなる: これは忘れられがちである。陣営の思惑によっては、勝ち上がりを阻む馬が昇級するまで掲示板に入る程度に粘り、ぎりぎりまで昇級させないという稼ぎ方もある。 ウマ娘のガン: 屈腱炎はしばしば本当に馬のガンと言われる。 Part.3 禿げ頭に関西弁: グランシュヴァリエの調教師である雑賀正光師は、和歌山県出身で禿げ頭である。 キミイデラ: 紀三井寺競馬場という競馬場が和歌山にあった。昭和の地方競馬の最底辺に位置し、バブル景気の恩恵を受けるより先に1988年をもって廃止になった。 タカサキは寒い: 雑賀師は紀三井寺の廃止に伴って高崎競馬場に移籍するつもりであったが、あまりに当地が寒いので嫌気がさし、高知に移籍先を変えた。 Part.4 トレーナーは不思議: 雑賀師は全ての馬を自らチェックする事を信条にしており、地方競馬歴代最多勝記録を更新中の名伯楽である。 グランシュヴァリエの主戦騎手である赤岡騎手と永森騎手もまた、高知のみならず地方競馬を代表するトップジョッキーである。 カワサキのファンはウマ娘を見る目が厳しい: 南関東の競馬場で最も鉄火場の空気を色濃く残しているのが川崎である。 大井とは客層が全く異なり、むしろ隣接する競輪場に近い荒々しさを持つ。 ファンドリコンドル: 雑賀師の管理していた馬で、所謂帯同馬。 遠征を繰り返し、グランシュヴァリエ程ではないものの一定の成績を残している。 最初だけ飛ばして目立とうという魂胆: 昔は馬主の意向でこうした走りをする馬が多く、俗に「テレビ馬」と呼ばれた。 地方競馬にはまだこの文化が残っているが、競馬場の経営に直結している点で中央競馬のそれより切実であり、特に交流重賞や遠征競走でしばしばみられる。