※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに 予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※私の独自解釈で、交流重賞並びに地方のビッグレースも勝負服着用です ※アラブに幸あれ Part.1 アラブは死なず サンタアニタトロフィーでの劇的勝利の後、ゴーディーは脚部不安で長い休養に入った。 ゴーディーは大切にされていた。脚部不安と言っても、台所事情の悪いトレセンならそのまま無理を押して走らせてしまうようなものだ。 高等部に進み、翌年の秋に復帰したゴーディーは復帰初戦こそ3着に残ったものの、ブランクは如何ともしがたく、そこからずっと入着できないレースが続いた。 それでもコウチあたりへ移籍させようという話が出なかったのも、ひとえにゴーディーのスター性であった。勝つのがウマ娘の全てと言ったところで、レースは興行である。 復帰から実に9戦目、武蔵野オープンでゴーディーは2年ぶりに勝利を掴んだ。13番人気での勝利はファンを驚かせたが、ゴーディーのレース人生はまだ半分に過ぎなかった。 続いて出走した思い出のサンタアニタトロフィーは7番人気ながらも5着。そして、続くアフター5スター賞では6番人気ながら2着。ここへきてファンはようやくゴーディーが本格的に復調したのだと悟った。 このシーズンには貴重な経験をした。母のルーツの地であるカサマツからお呼びがかかった。交流レースの笠松グランプリにゴーディーは出走した。 「3番、ゴーディーです。おかんがお世話になりました」 「ええぞ!」 「おみゃあは偉い!」 オールドファンの歓迎は並大抵ではなかった。何しろ、ゴーディーの母のイケノエメラルドの雄姿を彼らは知っているのだ。 「ゴーディー!負けたら承知せんで!」 スタンドの一角に母が一族郎党を引き連れてきているのを見て、ゴーディーは思わずどきりとした。1番人気に推されたのは、実力よりも一族の栄光を買ったファンが多かったという事に違いない。 だが、逃げるウマ娘が多い。そしてカサマツのような小回りのコースでは前からのレースが有利だ。 激しい先頭争いが行われ、ゴーディーは付き合うのを嫌って後ろに控えた。 捲って出れば勝てる。それがゴーディーのプランだったのだが、向こう正面で先手を打ったウマ娘が居た。 ウラワからやって来たジョーメテオは第3コーナーに入る前にゴーディーをも呑み込む大捲りで勝負に出た。 後手を踏んだゴーディーはコーナーで思うように加速できない。小回りのウラワをホームにしているメテオの方がこの点でも有利であった。 直線勝負に賭けたが、カサマツの直線は短い。4バ身も離されての2着というのは悔しい。ゴーディーは祝勝会ならぬ残念会で親戚一同に散々怒られる羽目になった。 Part.2 オオイにゴーディーあり この遠征で調子を崩し、次走で1番人気を盛大に裏切ったゴーディーは休養に入り、翌春にシーズン初戦として大胆にもGIIIの東京スプリントを選んだものの13着。 その後連続で2着に入ったものの、このシーズンは勝ち星が無かった。だが、ゴーディーにとっては実りの多いシーズンでもあった。 ゴーディーはオオイの代表として交流重賞に顔を出すようになった。何しろURAでは考えられない存在だ。勝てないとしても、アラブの末裔というだけでURAしか知らないファンをぎょっとさせる事が出来た。 JBCスプリントにも出走し、笠松グランプリへ再び遠征して5着になってシーズンを終えた。 高等部を終え、専門科に進んだゴーディーは走るのを辞めなかった。6月の武蔵のオープンで2年ぶりの勝利を掴み、11月には韓国のトレセンとの交流戦であるインタラクションカップで勝利した。 韓国のレースシーンは急激に進歩しているが、まだまだレベルは日本に及ばない。だとしても、アラブが勝ったというのは韓国から来たウマ娘達も驚いていた。 ゴーディーの正味の実力はオープンで下の方。だが、そのポジションをいつまでも降りない所にアラブの頑強な血を感じさせた。 南関のトレセンは2年制の専門科があり、ここを終えると「卒業」となる。だが、ラストシーズンのゴーディーは妙に調子が良かった。 春先から調子を上げて入着を重ね、相性の良い武蔵野オープンで勝利を掴むと、これで実に5度目となるサンタアニタトロフィーを迎えた。 「1番、ゴーディー。マントも新しくしたし、今日はいける気がしますわ!」 ゴーディーは新調したマントをパドックで披露した。赤字に5つ星のマントは、オオイでは歴戦の勇士を象徴する意匠だ。ゴーディーが歴戦の勇士である事はもはや疑う余地はなかった。 「あんたが勝った時の事思い出すね」 現役を退いて誘導ウマ娘になったボンネビルレコードが笑った。ゴーディーがサンタアニタトロフィーを勝ったあの時、ゴーディーが最年少でボンネビルは最年長だった。今ではゴーディーが最年長だ。 「おばさんになった気分はどうだい?」 「姉さん、勘弁してえな」 ゴーディーはかつて長老として仰ぎ見る存在だったボンネビルに成り代わってしまったのだ。そのボンネビルは燕尾服にシルクハットという装いで後進を見守る立場だ。 ポールポジションと言うべき1番枠。メンバーもこれと言った強敵は居ない。スタートを決めた瞬間、ゴーディーはこれはと思った。 競りかけてくる相手も居ない。コンディションもすこぶる良い。ゴーディーは後続を寄せ付けず直線へ来て二の脚を使った。 そして4バ身差の圧勝でゴーディーは2回目の重賞タイトルを勝ち取った。まさかとは思っても、誰も本気で想像してみない快挙であった。 「ウチが一番、驚いとんねん」 ウイニングライブでゴーディーはそう切り出した。ゴーディーの快挙にオオイはわいた。 オオイトレセンは毎年優秀な生徒を表彰する。ゴーディーはこのシーズンの特別賞を受賞した。これは毎年選出される性質の物ではない。ゴーディーの長年の活躍を認められての物だ。 「この表彰式には毎年出とるけど、ウチがここへ立つんは考えた事が無かったですわ」 壇上でトロフィーを振り回しながらゴーディーは喜びを爆発させた。 「ウチは走れる限り走るで!」 そして、心強くもそう宣言して記者を喜ばせるのを忘れなかった。 Part.3 生きた伝説 南関シリーズは専門科を終えると引退か移籍かを迫られるが、例外がある。A1クラスで、尚且つシーズンで1回でも入着すれば来年も現役を続けられるのだ。 ゴーディーは5月にはアルクツールス賞を制し、いきなり条件をパスした。その後は良い所が無かったが、もはやゴーディーは勝ち負けを超越した存在だった。 アラブの末裔たるゴーディーが、もう大人になっても走っている。それだけでいいのだ。ファンは喜び、ゴーディーも嬉しい。 翌シーズンにはサブトレーナーがトレーナー試験に合格して独立した。親がトレーナーだと試験に受かりやすいという話はあるが、それでもゴーディーは自分がまだ現役のうちにサブトレーナーが受かるなどとは考えてみなかった。 それからしばらくして、ゴーディーはゲンの良い武蔵のオープンで5着に滑り込み、見事翌シーズンを走る権利を勝ち取った。 そして実に7度目のサンタアニタトロフィーに出走した。7度同じ重賞に出走したウマ娘というのは他に居ないだろう。 「せやけど、ほんまにええの?」 「いいんだよ。枠は余ってるんだから」 「そらそうかも知れんけど、お堅いファンが怒るのと違う?」 「お前に怒れる奴がどこに居る?」 暮れが近づいた頃トレーナーが持ってきた話にはゴーディーも流石に二の足を踏んだ。東京大賞典に出ろというのだ。 何しろ東京大賞典と言えばローカルシリーズのグランプリレースだ。昔は全日本アラブ大賞典というアラブのグランプリが別にあったが、それだけにゴーディーの先祖達も東京大賞典に出た事はない。 ゴーディーは即答できず、しばらく悩んだ。どうやっても勝てるはずもない。だが、出たくないと言えば嘘になる。それは大変な栄誉だ。 「聞いたよ、大賞典に出るんだって?」 たまたま顔を合わせたボンネビルが妙に嬉しそうにゴーディーに水を向けた。 「姉さん、なんぼなんぼでもウチが出てええもんやろか?」 「出なよ。どうせフルゲートにはならないんでしょ」 「そら姉さん、自分は6回も出とるから簡単に言うけど」 ボンネビルは毎年大賞典に出走し、6回目の大賞典を最後に引退した。 「好き勝手出来るのは年寄りの特権だよ。オオイに散々世話になったんだから恩返ししなよ」 「恩返しかあ…」 「来年はあんたも流石に無理でしょ。URAの連中脅かして、盛大に散って来な」 「脅かすか。恩返しよりウチ向きやな」 「オオイのウマ娘はそうでなきゃ」 ゴーディーはやはり反骨精神を持っていたという事なのだろう。この一言が背中を押してくれた。 Part.4 百夜一夜物語 東京大賞典にゴーディーが居る。それはきっとアラブの歴史の巻末グラビアを飾る出来事に違いない。それだけにファンの声援は盛大だった。 「アラブが大賞典や!これ見逃したら一生見られへんで!」 ゴーディーはパドックで叫んだ。URAしか観ないライトなファンは、昔話の中にしか居ないはずのアラブにこんなところでお目にかかってぎょっとしている。 アラブの盛衰を見守って来たオールドファンは涙を流さんばかりだ。ゴーディーが去ればもうアラブが大舞台で走る姿は見れないだろう。 「姉さん、張り切ってますね」 隣のゲートのノンコノユメという後輩がゴーディーの弾けぶりを見て笑う。彼女はゴーディーの最後のサンタアニタトロフィーを制した可愛い後輩だ。 「ノンコ、URAの連中はビビっとるやろ?」 「ええ。ハルウララと争うローカルの不思議だって皆言ってますよ」 「不思議な事が起きるんが南関やからな」 ゴーディーは威勢よく振舞ってみたが、レースでは結局何も出来なかった。頑丈が取り柄のゴーディーだが、もはや逃げる事さえ出来ない身体になっていたのだ。 そうしてゴーディーは花火のように盛大な大賞典を終えた。そして11年目のシーズンを半ばまでのんびりと走り、104戦でキャリアを終えた。 アラブの歴史の最後の華は、蜃気楼のように静かにレース場を去ったのだ。 元ネタ解説 Part.1 スター性: ゴーディーはその特異な出自からパドックでの人気は絶大な物があった 笠松グランプリ: 交流重賞を持たない笠松競馬が賞金を奮発して開催した交流競走で、どこの馬が勝つか分からないとことがある。 イケノエメラルドの雄姿: ゴーディーの母、イケノエメラルドは東海のアラブ二冠馬であり、サラブレッドとの交流競走であるグランドミックスも制した。 前からのレースが有利: 小回りコースは直線が短く、追い込もうとするとコーナーから捲って出る必要があり、ロスが出る。 そしてこういうコースは概ね平坦で坂が無く、逃げ先行有利である。 ジョーメテオ: 2006年産の牡馬。中央では準オープンで頭打ちになったが、浦和移籍後は重賞を3勝し、交流重賞でも数度の入着を記録した。 Part.2 交流重賞に顔を出す: 交流重賞は地方馬に勝ち目が薄い為、案外出走枠が余っている事が多い。 インタラクションカップ: 韓国競馬は近年成長著しい。賞金が高い為、よく地方の騎手が修行と出稼ぎを兼ねて遠征する。 歴戦の勇士を象徴する意匠: 赤に五つ星は乗り替わった的場文男騎手の勝負服の意匠。この勝負服は「永久欠番」になる見込み。 誘導ウマ娘: 簿ネビルレコードは誘導馬になり、先日の帝王賞まで務めた。 特別賞: 大井競馬はTCK大賞という独自の年度表彰を行っているが、特別賞は滅多に選出されない。 引退か移籍か: 南関競馬は9歳で定年となるが、文中の条件を満たすと定年が延長される。 サブトレーナーがトレーナー試験に合格: ゴーディーの主戦だった赤嶺騎手はゴーディーの引退より先に調教師試験に合格してしまった。 年寄りの特権: 晩年のゴーディーは明らかに勝敗を超えた存在であった。 ノンコノユメ: 2012年産の騙馬。今年(2022年)で10歳だが衰えを知らず、定年の延長を決めている。 静かにレース場を去った: ゴーディーの引退後は誘導馬にという話もあったが、逃げ馬は基本的に不向きでご破算となった。 栃木の乗馬クラブに居るという未確認情報がある。