※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※独自解釈に基づき、ウイニングライブでは勝手気ままに歌わせます ※馬ってのは結局、動物なのです Part.1 トゥシューズに画鋲 トリプルティアラの第1弾、桜花賞が間もなく本バ場入場を迎えようとしていた。 本場のイギリスでは1000ギニーステークスと言うらしい。それを名付けて桜花賞とは、誰が考えたか知らないが美しい。ルーブルはレース場の桜を眺めながら、そんな事を考えていた。 ルーブルは負ける気が全くしなかった。身体は仕上がっているし、枠も悪くない。もとよりライバル達に劣っているとは思っていない。 それに、最初から期待を背負っていたライバル達を向こうに回してマル抽の自分が1番人気に推されたのは、何かの宿命だと思った。 『さあ、仁川から所変わって淀のターフも桜咲く。桜花賞の本バ場入場です』 アナウンサーの声と共に入場が始まった瞬間、ルーブルは未知の空間に放り込まれた。京都のコースは走り慣れているはずなのに、そこはルーブルの知らない世界が広がっていた。 スタンドを覆い尽くす人の波も、割れんばかりの大歓声も、ルーブルにとって未知の物だった。 というのも、ルーブルはキャリアを通じてずっと客の多くない中京や土曜日のレースばかり走っていて、その週のメインレースという物を走った事が無かった。 それがいきなりGIの大観衆に放り込まれたのだから、平静など保っていられるものではない。それも、ルーブルは主役なのだ。 ルーブルの心と歩様に動揺が覗く。だが、それは他のウマ娘も同じ事だ。本当の事件はゲートに入ろうとした時に起きた。 「しまった!」 ルーブルはそれに気付いて思わず飛びのいた。右の靴から決して落ちてはいけないはずのU字形の金属片が落ちたのだ。 ウマ娘の靴には蹄鉄が打ってある。これは職人のオーダーメイドで、この蹄鉄の作りや打ち方ひとつでウマ娘が走るようにも走らないようにもなる難しい物だ。 落鉄が起きたらそれは「事件」だ。至急打ち直さなければいけない。ルーブルは他のウマ娘をゲート前に残して裏に引っ込んだ。 「糞!よりにもよってこんな時に!」 慌てて靴を脱いで蹄鉄を打ち直すルーブルの手つきは明らかに怪しい。サブトレーナーが手伝ってくれるが、それでも一向に蹄鉄は元に戻らない。 「慌てて力任せにすると余計悪くなるぞ」 「畜生!直れよ」 激しく動揺するルーブルの思うように蹄鉄が直るなら、装蹄師が学園に居る必要はない。時間だけが過ぎていく。 「もう時間切れです。ゲートに入って!」 そこへ職員が無情な宣告を下したものだから、ルーブルは動揺を通り越してパニックになった。 「そんなルールは無いだろう!?」 「テレビ中継に間に合いません!」 トレーナー達が食ってかかるが、職員はテレビ中継を盾に譲ろうとしない。これはもう現場の判断でどうこう出来るレベルを超えた問題だ。 「じゃあせめてもう片方を外させてくれ。故障する」 「駄目です。急いで!」 「分かったよ!行けばいいんだろ!?」 ルーブルは怒りも露に乱暴に靴を履き直すと、壁を蹴り付けて怪しい足取りでゲートへと戻って行った。 Part.2 タカツバキの亡霊 ファンはまさか蹄鉄無しでルーブルが戻って来たとは思わない。URAが混乱を避ける為に知らせなかったのだ。 見た目には分からなくとルーブルはおかしかった。スタートを決めてハナを切る事に失敗し、揉まれながら逃げる展開に陥った。 思うように動かない脚、飛び散って来る泥、何より己の不運がルーブルには恨めしい。外の邪魔が入らないコースには、初対戦となるノーザンドライバーの姿が見える。 どうにか向こう正面でバ群から出たが、あろう事かトライアルで2着に負かしたトーワディステニーが先を行き、ルーブルは前に出られない。 「どけ!」 ルーブルは第3コーナーに入りながら強引に捲って前に出る。その外から更に捲って来るのが一番良い位置を取ったドライバー。 「正直、あなたは嫌い!」 その更に外から追い込んできたシスタートウショウが、尼僧姿にあるまじき暴言と共に並びかける。 第4コーナーで一瞬だけルーブルは先頭に出たが、手負いで抵抗できるのはそこまでだった。 ドライバーとシスターが先頭で激しい叩き合いを演じ、必死に追いかけるルーブルがこれまたトライアルで負かしたヤマノカサブランカが、インから抜け出して先頭争いへ切り込んでいく。 「私も待たないよ!」 一番聞きたくないスカーレットブーケの声が後ろから聞こえた。初対戦の意趣返しだけは嫌なルーブルは最後の気力を振り絞って二の足を使って抵抗するが、ブーケは容赦しない。 屈辱に次ぐ屈辱の中でルーブルが出来たのは、バ群れに飲み込まれる直前にどうにか5着を確保する事だけだった。 名門の伝統を繋いで見せたシスタートウショウが当然とばかりウイニングランをする。競り負けたドライバーが無念の表情を浮かべ、トライアルで掴んだチャンスをものにしたサラブランカが感情を爆発させ、4着に追い込んだブーケがルーブルに含みのある笑みを向ける。 「よくやったよ。その脚で5着なんて」 サブトレーナーがルーブルの悪条件をおもんばかってその力走を褒めた。 「エチオピアンルーブルに改名しようかな」 ルーブルはあの自信過剰を返上してしょげかえっていた。いっそ靴を捨てて裸足で走ってしまえばとさえ思っていた。 「それでも5着だぞ。凄い事だ」 ステージではシスターが『ブルースブラザース』でジェームズ・ブラウンが歌った『 The Old Landmark』を騒々しく歌い始めていた。シスターは異様に歌が上手かった。 「あの不良尼め。栗毛のお嬢様がJBなんて歌うんじゃないよ」 「じゃあ『まつのき小唄』は正しいっての?」 脇を通ったブーケが嫌味を言い残して去って行く。ルーブルは言い返す気力もない。実力に裏打ちされた自信がルーブルの武器だったというのに、何もかもがおかしくなろうとしていた。 「…タカツバキの亡霊にやられたのかな?」 ルーブルはかつて分校の食堂で同期から聞いた怪談を思い出さずに居られなかった。 マル抽なのにダービーで1番人気を背負ったばかりに周りが共謀して転ばせたという大先輩、タカツバキの亡霊がルーブルにのしかかっているようだった。 Part.3 ヴィランでシンデレラ ルーブルはこの敗戦で酷く傷付いた。脚の方は思った程悪くなかったが、心は違った。 敗北はウマ娘を強くもすれば弱くもする。ルーブルにとって桜花賞の敗北は、全てを駄目にする危険をはらんでいた。 ルーブルは今までの振る舞いのツケを払わなければいけなかった。つまり、ナメられた。それは力で道を切り開いてきたルーブルにとって何よりも辛い屈辱だった。 それでもオークスには出なければいけない。マル抽の限界が、距離の限界が、色々な所からルーブルにあらゆる不安要素がささやかれ始めた。 だが、その一方でファンは全く違った反応を示した。落鉄を隠して発走させたURAは責任を問われたが、ルーブルには同情の声が寄せられた。 ルーブルを「シンデレラ」とファンは呼んだ。貧乏娘が華舞台にやって来て、ガラスの靴を残していった。それはあまりに劇的で、出来過ぎてさえいた。 だが、シンデレラはガラスの靴を取り返して初めて完結する。だが、当のルーブルにはオークスで雪辱する自信が無い。 もはやルーブルは主役ではない。元より良くない脚ではトレーニングもはかどらない。ルーブルはいっそオークスが来なければとさえ思った。 そうしてオークス前夜を迎えた。抽選の結果、枠は大外の20番。逃げで戦うには一番不利で、スタンドに一番近くてうるさい。悪条件が重なってどんな無様を晒してしまうのかと思うと、ルーブルは恐くてたまらなかった。 枠の抽選と記者会見が終わった後、ルーブルはサブトレーナーの部屋に呼び出された。 「ルーブル。最近のお前はお前らしくないぞ」 「当たり前でしょ。アタシはもうただのほら吹きだ」 ルーブルは捨て鉢その物の返答をしてサブトレーナーの言う事を真面目に聞こうとしない。 「らしくない。どうせ負けるなら、せめて派手に死に花を咲かせようってのがルーブルじゃないのか?」 「死に花?」 「レースに絶対はない。いじけているより、あの意地悪で自信満々のルーブルに戻って華々しく散れ!骨は俺が拾ってやる」 普段出さない大層な言葉を発したトレーナーは、机の下から大きな箱を取りだした。 「勝手かもしれないが、お前の勝負服を仕立てておいた。桜花賞には間に合わなくてもオークスにはと思ってな。死に装束は派手にしよう」 箱を開けるとそこにはブルーのロングドレスが入っている。ルーブルはそれを広げてみて、あまりに自分には似合わないと思った。 「これ、サブトレーナーの趣味?」 「女の子は着飾るのも大事だ。自分じゃそうは思わないだろうけど、似合ってるぞ」 「走りにくそう」 「勝負服は不思議なパワーが出る。それにこいつを合わせれば完璧だ」 そう言ってトレーナーは頭に着ける飾りを別の箱から出した。金に赤と青の石を散らしたティアラと、ドレスと揃いのベールだ。 「そのベールをゲート入りまで被ってろ。いくらか客の歓声避けになる」 サブトレーナーはルーブルに次があると請け合う事が出来なかった。だから身銭を切り、少しでもレースの足しになるような勝負服を勝手に仕立てだのだ。 「ロシアはバレエが盛んらしいけどさ、アタシはバレリーナなんて柄じゃないよ」 だが、ルーブルはひらひらとしたデザインがどうもしっくりこない。それはドレスというより、バレエの衣装のような趣があった。 「だからいい。バレエリーナってのはな、誰が一番上手いと思う?」 「さあ?やっぱりプリマドンナでしょ」 「それが、プリマは顔で選ぶから一番上手いわけじゃない。どこのバレエ団でも、一番上手いのは敵役だ」 「それって…」 「ルーブル。自分を曲げるな。存分に嫌われて来い」 サブトレーナーの言葉にルーブルは覚悟を決めた。そうだ。自分は所詮は嫌われ役。シンデレラだと持て囃されても、マル抽だと侮られても、逃げるだけだ。 元ネタ解説 Part.1 京都のコース: 桜花賞は例年阪神開始だが、1991年はコース改修の影響で京都開催だった 走るようにも走らないようにもなる: 装蹄は極めて微妙にして重要な物で、装蹄師の腕が勝敗のみならず馬の競走生命をも大きく左右する。 テレビ中継: イソノルーブルの落鉄で発走が15分遅れ、テレビ中継の枠に間に合わせる為にレースを強行した。 せめてもう片方を: バランスを崩すので装蹄が無理なら残りの蹄鉄も外したいと陣営は申し出たが、拒否されたという。 Part.2 混乱を避ける為に知らせなかった: その為馬券の当たり外れを巡って裁判沙汰になった。 ヤマノカサブランカ: この時点で13番人気だったが、秋には五強をしのぐ実力馬になった。 エチオピア: イソノルーブルはこの一件でシンデレラのみならずアベベとも称された。 The Old Landmark: 一番に会いそうな『天使にラブソングを…』の公開はこの翌年 Part.3 距離の限界: ダービーとオークスは同じ2400メートルだが、皐月賞は2000メートル、桜花賞は1600メートルである。当然距離の壁は牝馬により厳しい。 勝負服: 青いメンコなので青いドレスにした。磯野俊雄氏の勝負服『黄・赤山形・水色袖赤山形一本輪』をティアラに。 ベール: イソノルーブルは歓声対策に普段使用するメンコの上に更にブリンカー付きのメンコをゲートイン直前まで着けた。 清水師はこの種の方法を嫌がるので、福留幸蔵厩務員の独断で強行された。 バレエ: イソノルーブルの父の父はニジンスキー。