※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※私の独自解釈で、交流重賞並びに地方のビッグレースも勝負服着用です ※ウマ娘から入った人は、コンテンツの為にも決して元から居る人を刺激してはいけません Part.1 志士の魂 初めて訪れたサガトレセンは確かにローカルトレセンではあったが、コウチよりずっと立派に見えた。もっとも、コウチより下というトレセンはもう廃止になっている。トレセンは時には潰れるのだ。 「へえ、コウチのウマ娘だって」 「けど凄いぜ。18連勝だってよ」 「だけど、コウチじゃなあ…」 旅行がてらやって来たらしきファンがライズを値踏みする囁きが聞こえる。ライズがパドックでこんなに緊張したのは初めてだった。 始めてライズが身に着けた勝負服は、白い山形の入った紺袴に白衣、千早と珊瑚の髪飾り。少し地味な勝負服だが、これはもう潰れたマスダトレセンから流れて来たものらしい。 ローカルでも交流重賞や大きなレースでは勝負服を着る。だが、貧乏トレセンだとライズのような特別なウマ娘に中古を用意するのが精々で、それとて常に数が足りない。 袖には真新しい勝負服に身を纏ったURAからやって来たウマ娘の姿も見える。夏にローカルシリーズへ遠征に来るのはURAではトップとは言えないウマ娘だ。だとしても、ライズはなまじURAに居たからか気圧されした。 サガに限らず地方のトレセンから参戦するウマ娘達は闘志に満ちた目をしていた。URAを追われたウマ娘も、最初から地方トレセンに入学したウマ娘も、皆URAに敵対心とコンプレックスを抱いていた。 「ほとんどのお客さんは、皆URAから来たウマ娘が目当てたい」 パドックから引っ込んできたライズに、その前に出たカシノオウサマというという地元のウマ娘が呟いた。 固そうなポニーテールの黒鹿毛に緑の丸い焼き物のかんざしを挿し、白い紬に赤地に白の菱形文様の錦の帯を締め、やけに立派な刀を二本差しにした彼女はサガのエースである。 怪我でデビューが遅れたライズと違って既に7つも重賞を勝っているという話だ。あちこち遠征してURAのウマ娘と渡り合ってきた彼女に、サガのファンは大きな期待を寄せていた。 「正直、好かん連中ばい」 「私も、最初はURAだったんだけど」 カシノもまたライズと同じ考えでレースに臨んでいた。だが、ライズはURAを追われて来た身の上だ。それがこの生粋のローカル育ちの強者相手には負い目に感じられた。 「それやったら余計腹ん立つたい。あんたを捨てた連中に、18連勝ちゅう勲章ば持って勝負すっとやけん。あんたはコウチの誇りで、あいつらの目ん節穴じゃった証拠たい」 カシノはライズの背中を叩き、トレセンを支え、代表してレースに臨まんとする同志の奮起を促した。 「佐賀や土佐の芋侍が明治維新ばやってのけたとばい。うちらにやって出来っばい」 そうだ。自分はコウチの代表なのだ。無様なレースをすれば、やっぱりコウチは駄目だと言われてしまう。自分の評価がコウチの評価になるのだ。ライズはコウチの誇りの為、自分を捨てたURAを見返す為に走る決意をした。 Part.2 意地を見せろ! 初めて走るコースでの大舞台にあっても、ライズは自分のスタイルを曲げなかった。スタートと同時に先頭集団に立ち、直線で抜け出す。そうしてコウチでは勝ってきた。 ファンはどよめいた。ライズは逃げるURAのウマ娘を追いかけながら2番手に付け、カシノさえ従えて先行集団のトップを走って行く。 あるファンはまさかと思い、あるファンはあるいはと思う。サガどころか、コウチのウマ娘がレースを作っているのだ。 だが、ライズはそんな事を考える余裕がなかった。連勝が伸びる程に増す左脚の痛み、慣れないコース、長距離の移動、何より、相手はいつもよりずっと強い。 それでもライズは自分のレースをしようとして、必死に2番手を守った。だが、脚の痛みがライズを襲う。コーナーを回る度に順位を落としていき、最後の直線では4番手。 ライズは勝てないとしても、ウイニングライブに出られないとしても、入着だけは逃すまいと最後の力を振り絞る。遥か前方でカシノが2番手争いをしているのが見える。なら、自分だって。ライズはコウチを背負っている自負で痛みを誤魔化しながらただ走った。 だが、サガの直線はコウチより長かった。ライズはゴールを前に力尽き、6着でレースを終えた。 ライズはゴール版を通過して向こう正面に入り、泣いた。脚の痛みも酷かった。連勝も止まった。入着を果たせなかった。だが、それよりも期待を裏切った事に泣いた。 「ライズ、泣いたらいかんばい」 2着を守って地元の意地を見せたカシノがライズの異変に気付き、ライズを慰めた。 「私、駄目ね…」 「何ば言いようとばい!コウチのウマ娘が見せ場ば作って6着に残って、URAの重賞を勝っとるウマ娘ば負かした。がばい立派な事ばい」 カシノはスタンドを指さした。お客さんはライズの奮闘に驚きこそすれ、敗れた事をなじる者は一人として居なかった。そして、ライズより遅れたURAのウマ娘が2人居た。 「交流重賞でうちらは勝てんかも知れん。けど、意地ば見せてやる事は出来っとたい。それば繰り返したらローカルは変わっていけるはずたい」 「意地…」 「胸ば張って帰るとたい。あんたはコウチの誇りだけんね」 Part.3 太陽が消えた日 「ライズちゃん、おめでとう」 「ウララ、ありがとう」 果たして、コウチへ帰ったライズは連勝こそ止まったものの英雄視され、凱旋レースを圧勝してそのまま3連勝を飾った 「ウララも久しぶりにウイニングライブに出られて良かったな」 「うん。それに、お客さんが増えて嬉しいの」 この日、ウララは何十レースかぶりに3着に入り、ウイニングライブに出て大喝采を浴びた。 ライズとウララはセットでマスコミに売り込まれたが、世間が食い付いたのはむしろウララの方であった。勝つ為に走るというウマ娘の在り方とは逆のアプローチでウララは人気を集めた。 今や普段レースなど見に来ない人までもがウララ目当てでやって来るようになり、トレセンは好景気にわいていた。 コウチがどうしようもないトレセンである事はファンなら誰もが知っている。そのコウチのウマ娘が意地を見せた。そのドラマに心打たれるファンは決して少なくなく、ライズを観ようと足を運ぶファンもまた増えた。 だが、その一方でライズの左脚はこの3勝目で悲鳴を上げ、レースから遠ざかる事になった。 走れないもどかしさに歯ぎしりして悔しがるライズを支えたのは、トレーナーであった。こんなにも勝ちたいと願うウマ娘を長く見た事がなかったし、またトレーナーにとってライズは誇りであったからだ。 「ライズちゃん」 ある日、テレビのロケ帰りののウララがリハビリに励むライズを呼び止めた。 「まだ秘密だけど、ライズちゃんには話しておこうって思って」 ウララは平静を装っているが、笑みが隠しきれていない。そういうところが人気だった。 「CD、映画ときて次は何だ?」 ウララ人気はもはやレースの世界を飛び越えていて、ウララはCDを出し、映画に出演し、コウチの子供は皆ウララグッズを持っている。その上更に良い話となると想像もつかない。 「URAに転校できるんだ」 ライズはその衝撃的なニュースに目の前が真っ暗になった。 「向こうの理事長さんが特別にって」 「…そうか。おめでとう」 「ライズちゃんのおかげだよ。ライズちゃんが強いってニュースになったから、私も有名になれたの」 「それで、いつからあっちに?」 「夏休みが終わってから」 「…向こうへ行ってもがんばれよ」 とびきりの笑顔を浮かべるウララの頭を撫でるライズの顔が笑っていないのに気付かなかったのが、ウララのコウチでの最高の幸運だったのかもしれない。 その夜、ボロボロの寮でライズは荒れた。嫉妬なのか、寂しさなのか、得体の知れないどす黒い感情がライズの全身を暴れ回り、炸裂した。 「ライズ、やめえ!」 騒ぎを聞きつけたトレーナーがやって来て止めに入ったが、所詮生身の人間だ。ライズを止める事は出来なかった。 「私が何をしたっていうのよ!?私の何が駄目なのよ!?」 部屋の窓ガラスを拳で叩き割りながらライズは泣き叫んだ。そして、割るガラスが無くなったところで床にへたり込み、血だらけの両手も厭わず畳を殴りつけた。 「違う。お前は特別なウマ娘や」 「何が特別よ?URAを追い出されて、田舎のトレセンで連勝したからっていい気になって、挙句引き立て役にされた私が、特別だっての?」 「ウララはお前が勝ち続けたき転校できた。お前のおかげよ」 「あの娘をあんた達はいくらで売ったの?そうでもなきゃ手放す理由がないもんね。この人でなし!」 ウララの転校の裏には何かがあったに違いない。結局のところ、ウマ娘はトレセンに従属している商品だ。 「あの娘はきっと惨めな思いをして帰ってくるのよ。いや、その時には帰る場所はなくなってるわ。こんなトレセン、すぐ潰れちゃうわよ」 感情に任せてライズはトレーナーを、守ってきたはずのトレセンを酷く罵った。 「その帰る場所を守るがが、お前の仕事やないか?」 だが、トレーナーのその一言でライズは少し冷静さを取り戻した。 「ウララは出て行く。それがもうニュースよ。そのニュースに釣られて来たお客さんをがっかりさせんようにレースをする。それが残された者の仕事やろう?」 強いウマ娘はURAへ。それがローカルトレセンの背負う宿命であり、現実だ。コウチからURAへ行くウマ娘は居なかったというだけで、こうした現実とローカルトレセンは常に向き合ってきたのだ。 「ライズ、お前はそうやってコウチを支えて来た。これからも支える。それでええやんか」 ライズはトレーナーに抱き着いて泣いた。ガラスが割れて風通しが良くなったというのに、夏のコウチは酷く暑かった。 元ネタ解説 Part:1 ライズの勝負服: 主戦の花本正三騎手は島根の益田競馬場の廃止と共に移籍してきた。そしてイブキライズアップはイブキマイカグラ産駒なので、神楽装束をイメージした。かんざしの珊瑚は高知の特産品。 ローカルでも勝負服: これは独自の解釈で、以後他のウマ娘を描くことがあっても、公式が違うと言っても、これで通す予定。 普段見かけんお客: 交流重賞だけ満員になる田舎の競馬場は多い。地元のファンは混雑とコンプレックスで気が立っているので、刺激すると揉め事が起きる。 カシノオウサマ: 1999年生まれの牡馬。佐賀生え抜きのスターホースで、交流重賞の入着歴も多い。 勝負服は主戦の北村欣也騎手の勝負服「赤、白菱山形、白袖赤一本輪」をイメージし、帯は佐賀錦、刀は肥前刀、かんざしは佐賀競馬のロゴより。 現在は大分で乗馬になっている模様。 Part.2 ローカルは変わっていける: 今や交流重賞で地方馬が馬券に絡むのは珍しくなく、南関所属馬が勝つ事もある。他の競馬場の所属馬が勝利を収めるのも時間の問題というところまで来ている。 Part.3 ウララ人気: ハルウララ人気は絶大な物で、CDも映画も本当に作られ、黒船賞の日に武豊が騎乗した際には国会の合間に時の総理大臣が結果を記者に訊ねた。 裏には何かが: 人気が過熱したハルウララはどす黒い争奪戦が行われ、この夏を最後に引退して長い間消息が分からなくなった。 いくらで売った: ハルウララマネーは高知競馬を大いに潤し、2009年のナイター設備の導入を皮切りに高知競馬の経営は劇的に回復しつつある