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【Novel】夢酔

この作品はVtuber「サキュバスのリヤ」の二次創作ですが、元ネタが分からない方でもお楽しみいただけます。

イラスト・サキュバスのリヤ

夢酔

 カウンターテーブルの木目を数えている。細長かったりまん丸だったり濃かったり薄かったりする、その模様の縁を指でなぞると、僅かにざらざらした感触がある。少し飲みすぎたハイボールで意識が濁っていて、さっきから幾度も無意味にその動作を反復している。ざらざら。ざらざら。

 ああ、何を考えていたんだっけ。職場の上司とか、貯金だとか、数ヶ月前に別れた恋人のことを考えていた気がする。上手く思い出せなかった。もっと思い出せなくなりたくて、頬をぺったりとテーブルにつけてしまうと、ひんやりした感触が心地よい。瞼が落ちそうになる。眠たい。眠たいな、と思っているうちにその感覚も泥のように溶けて混ざって、

「大丈夫?」

 声がやけに近くに聞こえて、急速に意識が引き戻された。店内の喧騒が押し寄せてくるのと同時に、一瞬でくっきりと像を結んだ視界の真ん中に若い女性の顔がある。綺麗なひとだった。花曇りの空のような、妙な色合いの前髪の下から、猫のような瞳がこちらを窺っている。

 すみません、大丈夫です、と呂律が回らないままどうにか口にする。慌てて体を起こすのを見て、隣に座ったそのひとは薄らと笑う。薄い唇の間からやけに尖った犬歯が覗くのが見えた。

「お冷やもらおうか」

 あ、大丈夫です、とまた繰り返してしまう。公共の場で無防備な姿を晒してしまったのが、どうにも恥ずかしくて目を合わせづらい。

 それでぷっつりと会話が途切れてしまった。お礼を言いそびれたことを少し後悔する。頭が冴えてしまったのと同時に、薄れていた嫌な記憶も蘇ってきてますます気分が沈み、飲み干したジョッキの底を眺めながら立ち去るタイミングを考える。

「――じゃあ、」

 その低い声が、自分に投げかけられたものだと気づくまでに間が空いた。すっとこちらに差し出された薄い手のひらに、白いお猪口が載っている。

「まだ飲む?」

 はい、と意識するより先に言葉が出ていた。一瞬触れた指が磁器よりも冷たくて驚く。きゅっと細めた目と目が合って、手元に視線を逃がした。細く骨ばったその指が徳利を傾け、注ぐ透明な液体が頼りない照明を橙色に反射していた。

 もう呂律が回っていない舌を何とか動かして、どうにか礼のようなものを口にすると、べろべろじゃん、と彼女が笑う。落ち着いた所作と声のトーンにそぐわない、悪戯めいた子供の笑みに片目を引き寄せられたまま、口に含んだ液体の甘さにどろどろと沈みこんでいく。



 ずるり、ずるり、何か重たいものを引き摺るような音がする。眠っていたのか。頭がぐらぐら揺れるのは酒に酔っているからか。

「随分なヤケ酒だったね」

 女の声が近い。頬をつけたテーブルに声が響く。

 違う。頬をつけているのは細い女の肩だ。彼女が歩を進めるのに合わせて体が揺れる。あの青っぽい変わった色の髪が鼻先をくすぐった。甘ったるい夜顔の匂いと、湿った土の匂い。

 いつの間にか背中に担がれているのだ。酔い潰れたのか。申し訳ない気持ちになる。あれこれどうしようもないことを、長々と話して聞かせてしまった気がする。よく思い出せないけれど。何に悩んでいたんだっけ。どれくらい飲んだんだろう。このひとは、誰?

「忘れちゃったの?」

 はは、と低く笑う声に非難の色はない。むしろ、酔っ払いの醜態を面白がっているようですらあった。

「リヤだよ」

 そうだった。リヤさん。居酒屋で会った女のひと。リヤさん、すみません、と声に出そうとしているのに、上手く舌が動かない。喉が震えない。体が重石のようだ。指一本動かせず、それでも、不思議と穏やかな気持ちだった。揺籃に揺られる赤子のように。暖かい。心地よい。眠っていたい。

 不意に揺れが止まる。温もりが消えた。薄い背中から滑り落ちる、重たい頭が落ちていく。ひゅ、と心臓が一瞬跳ねて、しかし、まもなく柔らかな地面に着地した。

 土の匂い。重たい体がずぶずぶと沈む柔らかさ。石のようだった関節が解けて、溶けて、肉のすべてが液体になって土に染みていく。自分と土の境目が分からなくなる。帰る場所を見つけたのだ。孤独も悲しみもぜんぶ忘れて、幸福に満たされた肺が最後の呼吸をする。

 白く鈍く拡散する視界の真ん中で、見知らぬ女が笑っていた。片目を眇めて、やけに尖った犬歯を覗かせて、悪戯めいた子供の笑み。穴の底を見下ろして、彼女は地面に刺さっていたシャベルを引き抜いた。

「ここって静かで良い所だよね」


文・小宵

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