小学生の頃、将来の夢は「名探偵」だった。
きっかけは学校の図書室で読んだはやみねかおる先生の『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズ(講談社青い鳥文庫)。学校や遊園地、離島、不思議な館を舞台に怪人や幽霊の噂が絡んだ不気味な事件を探偵が解決していく古典的な王道スタイルの探偵小説で、天才的な頭脳を持ちながら常識のない変人、という「名探偵」のテンプレートをわたしに教えたのもこの作品だ。
このような現代にも継承される名探偵像を確立したのは、言わずと知れたアーサー・コナン・ドイル氏のシャーロック・ホームズシリーズだ。ホームズはプライドの高い自信家で女嫌い、なおかつひどいヘビースモーカーで薬物中毒者でもあり、事件解決のためには犯罪に近い行為に出ることも厭わない破天荒なキャラクターである。鋭い観察眼と頭脳を持ちながら驚くほど物を知らない一面もある(彼が地動説を知らないというエピソードはあまりに有名である)。とんでもないダメ人間なのにとんでもない天才。衝撃的だった。突き抜けた生き方と頭の良さに憧れた。小説に登場する名探偵たちがわたしの神様だった。
お姫様よりヒーローより名探偵になりたくて、現実に「探偵」という職業が存在することを知り色々と調べてはみたのだけれど、フィクションに登場する探偵たちと現実の探偵の概念には大きな乖離がある。探偵の仕事は素行調査や浮気調査に迷子の犬探しで、謎めいた館に招待されたり怪人と対決したり事件捜査のために警察から招聘されたりすることはない。わたしが憧れた「名探偵」は職業ではなく人種に近い概念で、人間離れした頭脳と事件を引き寄せる才能を持って生まれていない以上、わたしはもう名探偵ではないのだった。「名探偵になりたい」と「プリキュアになりたい」は同じくらい実現性がない。
そうやってわたしの夢は終わったけれど、今もわたしの本棚にはたくさんの探偵小説が並んでいる。本を開いて名探偵と推理対決をしているとき、少しだけ彼らに近づけている気がして。