お世話になっております。
本日は友人の鳥海かぴこ先生のサークルを売り子で手伝いました!
コミケ100、申し込みたかったのですが原稿が多忙を極めていたので見送りました。年内はコミティア以外のイベントは我慢したいと思います。
あと先週別の友人に良い匂い!って言ってもらったロミジュリの香水、ブログに上げていなかったのでこちらに写真を置いておこう…!
香水屋さんにもらったイメージはこんな感じです。
ジュリのスペルがなんか違う気がする。(多分注文当時私が間違えて送った)
かけ合わせてもいい香りがします。香りが混じるのってどきどきしますね!
以下は一言後書きです。
先回りしすぎて基本が疎かになることって結構ある気がします。のばらは賢い方ですけど普通の女子高生なので気遣いしてるつもりで行き届かないこともありますね。
フェンスで表した自縄自縛からのばらがその先の光を掴むために立ち上がるイメージです。
つい年上から悩みに寄り添うと説教臭くなってしまいますね。
三コマ目の映り込みは「当時の紀平さん」ですけど、彼女の二面性でもあります。何を考えているか分からないニコニコした紀平さんがこのコマで初めて自嘲気味に笑うようなイメージで描きました。
この話のオチ、ネーム段階ではジュリに「今から先輩に合ってお話しする!」とLINEする画面にしていました。しかし復縁するか分からない状況で友達にホイホイ言うの感じ悪いな、と思ってやめました。
のばらとひろみ、のばらと伊緒の仲直り回です。ひろみの当事者意識のなさを今更指摘できる立場じゃないとおもったのばらです。あとオマケで描いてるんですけど非常階段を上った先の扉を友達に開けてもらっています。
同性同士で一緒に過ごすことのハードルを若いのばらは途方もなく高く難しいものと思っているんですが、一人超えるものではなく、相手に自分の辛さを隠さずに伝えることができれば楽になる、一緒にいるハードルが下がる、お互いを大切にできればのばらの野望も叶うかもしれない。幸せになって欲しい(作者)
読んでる本特定されてて笑いました。
エーリッヒフロム「愛するということ」です。
60年前に発表された原典の「恋愛」は基本異性愛について書かれています。しかし最近出た紀伊国屋書店が出した改訳版では恋愛対象を異性に限定していません。こういった改訳は創作者としては著者の意図からずれているのではないかと心配になりますが、より多くの人に届けられるように編集したのだと思えば、また、これを読んで救われる人もいるだろうと考えると異本としてありだと思いました。
異本とは外山滋比古著「異本論」で出てきた概念なのですが、その中に完全な翻訳など存在せず、原典から離れた時点で、また人の脳内で理解・解釈されたものは既に原典とは異なる「異本」であるとしています。ならば本質的な意味は変えずに時代の流れにアジャストされた改訳版が出てもおかしくはないですね。
要はどう読もうが結局異本になるので、好きな本を自分がハッピーになるように解釈してもいいと思っています。
ジュリは原文を読んでいるので異性愛についてを書かれていますが、人が人を思いやることについて、性別は関係なく、相手をどう尊重するか本質の部分を読んでいるのだと思います。
ダンベルはマジで意味が分かりません。多分サイヤ人です。
ひろみさん、と初めて呼びます。帰国子女なので名前を呼ぶのには抵抗がありませんが好きな相手だと照れて上手く発話出来ないかもしれないので練習しておきました。うるさくしちゃだめ。
3巻の表紙回収回です。西園寺はベタを知っているからこそ照れるけど、ベタな照れ隠し展開を避けることもできます。当初のネームでは窓から「おかえりなさい!」って言ってたんですけど、原典ではロミオがジュリエットのもとに行くためバルコニーに登るから若い二人が接近するシーン、寮ではそうもいかないし、推し百合はジュリエット側からも歩み寄ってほしかったのでこうしました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。