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pokachurorichu
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少し重い話をします

こんばんは。更新が月一ペースになってしまっていますがなるべくまったりと続けていきたいと思っているぽかちゅです。


近況ですが仕事の方が思うようにうまく進んでおらずなかなか個人活動の方にシフトできずにいます。支援してくださっている方々にはできれば何か形でお返しできればと思っているのですが(有料プラン向けのコンテンツも用意できていないですし)もう少しお待ちいただければ幸いです。


ただご支援に関してはご無理のない範囲内でいただければとも思っております。

いつもご支援いただきありがとうございます。


今日は少し重い話をしようかなと思いましてブログを綴る事としました。

そのテーマとは、命の事でございます。


この命というのは2つの意味がありましてクリエイターとしての命と、人としての命という意味があります。


■クリエイターとしての命とは


作家として活動していられる期間、というお話になります。

定義は人によって異なるかもしれませんが少なからずイラストや漫画等を人に見せる事ができる状態、を指すのではないかと思います。


盛者必衰という言葉がありますが自分もいずれはイラストだけではどうにもならない時期が来てしまうのだろうということは常に考えて危惧感は失わないように過ごすようにしています。それは長くクリエイターを続けていたいからそのようにしています。


しかしながらクリエイターを長く続けるというのは非常に難しいことだと思います。

人としての命というところにもつながるところですがデスクワークや不規則な生活リズムから来る健康リスクや仕事での精神的ストレスなど…長く続ければ続けるほど体に影響が出るようになってきます。

またどうしても意識的にやらなければ外に出ないので人間関係にも影響が出ます。

作品を作るモチベーションや金銭的な問題でも、続けられるかどうかというのは常に不安定です。

そんな中でクリエイターを長く続けるのは難しい、それができている人というのは本当にすごいのだなあと思うのです。


■人としての命とは


こちらはそのタイトルのままですね。


私がこうして絵に触れるようになり、たくさんの作家さんの作品を知るようになってから、自分が想像している以上にたくさんの作家さんが亡くなられてしまいました。


その中には自分と同じくらいの年齢の方やもっと若い方もおられました。

私が恐ろしいと感じたのは、その方々がつい昨日まで何事もなくいつものように普通につぶやきなどをされていらっしゃった事です。


彼らは自分の死について何かを思う間もなく、もしかしたら誰かに別れを言うこともなく、静かに亡くなられていたのです。

つまりは私ももしかしたら、こうやって何事もなく日常を過ごしていてある日突然に皆と別れを告げなければいけなくなるかもしれないということです。


たくさんの方の訃報を聞くたびに、以前よりもずっと死を間近に実感して生きるようになりました。


それが良いことなのか、悪いことなのかは正直わかりません。


ただこれは昔から決めていたことですが、クリエイターとしての命にせよ、人としての命にせよ、自分は考えられるだけの努力をして、生きて生きて生き抜いて、その結果として最後に待つのが死であればそれを受け入れようと考えているということです。


クリエイターとして、何年続けたらやめようとか、何歳になったら死のうとかそういうことではなく、やれるだけやってやろうというのが私の決心です。


大好きな作家さん達が亡くなるたびに、そんなことを考えるのです。


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